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天野敏のテクスト 閑話休題

春の交流会

毎年慣例の春の交流会が終了。勿論季節柄お花見とセットでやってきた。太気会と改称する前の横浜太気拳研究会からの慣例。 最初は自分たちだけで稽古の後にお花見、と言う感じで始まった。そこに佐藤先生率いる拳学研究会のメンバーが参加してくれる事となり、 一気に交流と言う感じになった。どうしても自分たちだけでやっていると、井の中の蛙という感じになりがちなので有難かった。 そして次に島田先生の気功会が参加してくれるようになってからもう5年ほどになるかもしれない。この3年ほどは鹿志村先生の中道会も参加、 太気会を含めて4団体での交流・お花見会となった。

交流会の内容は、その時その時に応じて各先生にミニ講習をお願いしたりして、その後はもちろん組み手。 いつものメンバーと違う相手との組み手は緊張もするが良い経験になる。また自分が組み手をしなくても、他会の人同士の組み手を見るのもなかなか勉強になる。 ただ強いとか弱いとか言うのではなく、何処が自分と同じで何処が違うか、を見るのも稽古のうち。太気拳というのはどうもなかなか間口の広い拳法で、 稽古の中から何を引き出し、どう料理するか、がポイント。それが上手く出来ないとただ漫然と禅を組んで組み手、という事になってしまう。 稽古で何をつかみ、それをどう組み手に生かすかが勝負。そしてそれを身をもって示し、指導するのが自分に課されていることとなる。 要するにビジョンを提示するということかな。この所、自分の中でいろいろな部分が繋がり、あるいは分離できてきた。 そのおかげで身体が振動するといった感じが出てきたので、今回はその感覚を通して組み手を見ることが出来た。

全体としては組み手に無駄が多いというのが印象。無理やり打ちに行ったり、無駄に動き回ったりが多い。 まあ、全部がそうという訳ではないが、組み手で自分の何を引き出そうとするのか、をよく掴まないままやっていると言う感じが多い。 稽古の組み手は言ってみれば実験、だから何を実験するのかわからないままに組み手をしてもしょうがない。 まあ言ってみれば、稽古不足で課題のない組み手をやっても時間の無駄という事と同じ。 頭を使ってビジョンを持って組み手をしよう、という事。ただ殴り合って強くなるのは、最初の半年・一年。 そこら辺を明確にする事をして行かなければいけないな、と反省、これからの指導に生かさなくては、と思った。

しかし、今年はお花見の準備で異変。交流会の日は本当にお花見日和で人出も多い。それは良いんだけど、スーパーに買いだしに行ったら、 肉が品薄。近所の二件のスーパーでステーキ肉を買い占めてもまだ足りない。あせった。なにせ、 鹿志村先生からバーベキューの肉を楽しみに来ました、とまで言われてしまっている。最後は途中参加の連れ合いに携帯で連絡、 買出しを頼む始末。ともあれ、昨年は確かお花見の最中に雨が降り出して大騒ぎをした記憶がある、それに比べれば上々の首尾。 暖かな春の日、たいした怪我人もなく好天のまま終了。

最後に、参加してくださった各先生・道場生のみんなに感謝。またよろしくお願いいたします。