カテゴリー
天野敏のテクスト 閑話休題

四季

2006年ももう少しで終わり。いつも思うが、年々時間の経つのが速くなってきている気がする。 子どもの頃は一週間が、一月がとても長かった気がする。何時まで経っても一日が終わらず、 何時までも遊んでいられた。一瞬一瞬が濃密だったのかもしれない。これはどうも自分だけの 感覚ではなく、弟子の誰彼に聞いても皆そんな感想を漏らす。「象の時間、ねずみの時間」と 言う本があったが、「大人の時間、子どもの時間」と言うのも確実にあるような気がする。

稽古を外でして居ると季節の変化に敏感になる。桜が一瞬の狂い咲く春。耳を聾する蝉の夏。 今年見事に感じたのは紅葉。いつもの稽古場所に二本のもみじがあることに初めて気がついた。 日当たりの関係もあるのだろう。二本のもみじから何種類もの紅のグラデーション、自然の驚異。 それも次の週に行くと全くその面影もなく、枯れ落ちている。全て一瞬に起こり、その瞬間を逃 すとそんなことが起こったことの痕跡さえなくなってしまう。

そう、大事なのはその瞬間を捉えること、その難しさ、その面白さ。って、何を急にと思うかも しれないが、これは武術のこと。武術で大事なのは人と相対しての一瞬、見逃せばなくなってし まう一瞬を捉えようとする緊張。間、呼吸ともいくらでも言い方はあるのかもしれないが、これ がないのは武術ではない。自分と違う感性の相手がいて、何が起きるかわからないところでの瞬 間の取り合い。やることがあっても、やる瞬間を逃せば意味のないものになってしまう。これが 妙味。それに反応する感性と神経と身体を育てる。それが育てられないと「武術家」とはいえな い。どうなるのかと言うと「武術研究家」や面白いのは「武術稽古研究家」と言うものになるら しい。研究家はいつも武術の外に居る。