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会員・会友員のテクスト 富川リュウの太気拳修行記

平成23年・春の章

東日本大震災の日

3月11日、東日本大震災の日、幸運にも自分は自宅にてお昼寝中でした。その日は金曜日でしたが休暇を取っていました。茅ケ崎では震度4ほどでしたが、自宅はマンションの11階のため、かなり大きく揺れました。その日は、津波警報がなかなか解除されなかったため、関東の広い範囲でJRをはじめとするほとんどの電車が止まってしまいました。都内のオフィスに勤務する同僚たちは、みんな帰宅難民となり、6時間、7時間かけて歩いて帰った方や、オフィスに宿泊された方もたくさんいらっしゃいました。翌日の土曜日の朝からは電車も動き始め、都内のオフィスで一泊された疲れた顔のサラリーマンが、どっと茅ケ崎駅にも帰ってきていました。
土曜日は、ちょっと遊びに行く予定もあったのですが、そういう雰囲気でもなかったので、友人の安否を確認したり、家族と連絡をとったりして過ごしました。そして日曜日は、いつものように稽古に参加して、午後には新幹線で広島まで移動の予定でした。しかし心配症の私は何かソワソワした落ち着かない気分でした。新幹線で移動中に名古屋や神戸のあたりで大地震に見舞われたらどうしよう…。稽古だけ行って、茅ケ崎の自宅へ戻って明日広島へ移動しようか…。でもそうなると上司の○○課長とユーザーの担当○○さんに連絡しないとな…。ちょっと待てよ、やはり稽古にも行かない方が安全なんじゃないかな…。そんな不安と恐怖の入り混じった思案のどうどう巡りをしていました。
茅ケ崎市内の小さな公園で30分ほど立禅と自主練をしました。そして気づきました。明日大地震がくるのか、あさって大地震がくるのか、そんなことを心配していても埒があかない。出来る時には出来るだけの事をしよう。仕事にしても拳法の稽古にしても、自分の住んでいるエリアが被災したり、放射能に汚染されれば、何も出来なくなる。何もできなくなる前に、出来ることはやっておこう! そう心に誓いました。
3月13日の日曜日はよく晴れて良い天気でした。久しぶりに組手稽古にも参加し、3カ月ぶりでしたが、そこそこ良い動きができました。ちょっといい気分で広島まで移動。新幹線は何事もなく無事に広島まで到着しました。しかし翌朝、ユーザー先へ出勤して、パソコンのインターネットでニュースを見てビックリ。関東エリアは、電車がほとんど止まっていて出勤パニックになっていました。日曜の夜のテレビのニュースでは、月曜朝からは計画停電が実施されると言っていましたが、電車が止まるなんて一言も言っていませんでした。それにもかかわらず、例えば横浜方面から都内へ向かう電車はJRは全面ストップ。京浜急行だけが動いていて、そこは何百人という人たちが殺到していました。自分も変な臆病神に吹かれて、月曜移動にしなくてほんとに良かったと思いました。

チャクラ覚醒呼吸法

チャクラという概念が、立禅をする者たちによって度々話題に上がる。インドのヨーガでは、尾底部から頭頂に掛けて上がって行くチャクラの螺旋をクンダリーニという。 また、一般的に知られている、臍下丹田や眉間のサードアイ等もチャクラと同じものだと思われる。チャクラは下の方から順番に、一番:尾底部、二番:下腹部(臍下丹田)、三番:上腹部・みぞおちの少し下(上丹田)、四番:胸、五番:のど(甲状腺)、六番:眉間の奥(松果体)、七番:頭頂部、となっている。
昨年11月に神戸のヒーラーの方にチャクラ覚醒呼吸法を習う機会があり、それ以来、立禅の前に3分ほどこれをやっている。

上丹田から頭部へのつながり

3月13日の稽古で、天野先生から組手の際に頭を振ってよい範囲が、どこまではOKで、どこからがNGなのかは、揺りをやりながら自分で探す、という話を聞いた。それまでの自分は、太気拳では頭を振る際に左右に平行に振る、と思い込んでいる節があった。そして組手の際には、自分では頭を振っていないつもりでも、天野先生からは「自分から無用に頭を振って、自分で見えなくしちゃってるんだよ」とよく注意されていた。
3月14日の朝、立禅の前にチャクラ覚醒呼吸法をやっていて「そういえばずっと3番がスカスカなんだよな」と思った。もう3カ月以上これをやっていたが、どうも3番の意識が希薄というか、全く感じられないでいたのだ。これに気が付いた瞬間、あるものが数列を成した。3番を意識する呼吸法 → 立禅でも3番、半禅でも3番 → 這いでも3番 → 揺りでも3番。
前述の揺りで頭を振ってよい範囲を探す際に、上丹田から頭部のつながりを意識してやってみた。頭が少し傾く、鼻先が少し横を向く。ここまでは大丈夫な範囲だ…。確かに今までは傾けてよい範囲のマージンが全くなく。それが全くないがゆえに破たんを招くという組手ばかりだった。ここに、ごく僅かのマージンがあることで、また上丹田から頭部への繋がりが得られたことで、何か大きな進化の予感があった。

すがすがしくない祝杯

3月20日、日曜日の稽古に参加。2人~3人と組手。「上丹田から頭部へのつながり」の効果も出て、けっこう良い組手ができた。珍しく天野先生からも、褒め言葉が出る。「おまえはな、褒めるとすぐ図に乗るからな。けど、今日はなかなか良かったよ。広島までの新幹線の中で祝杯だな」。しかし気分はそれ程すがすがしいものではなかった。月曜朝からユーザー先の工場で大きな仕事が入っているので気が重い。それに褒められた組手でも、いまひとつ、何がどう良かったのかが実感できずにいた。たぶん身体の進化が未知の領域に入り、自分の考えの及ばない所まで行ってしまったので、身体と頭(考え・理解)の間で、整合性が取れていないのだと思う。

頭部は端に

3月21日から3月25日にかけての毎朝の自主練では、揺りや這いの中で、上丹田から頭部へのつながりを意識し、どういうふうに頭を振るかという点に着目し、頭をまず横へ振って腰が付いて行くようにするパターンと、腰が当って行ってそれに頭が付いて行くという二つのパターンを稽古した。
3月26日、土曜日の稽古では、組手は行われなかったが、探手の際に厳しくダメ出しをされ、「静を護って動に移行する。動に静を流し込む」ということを動作を交えて説明していただいた。またこの時、以前から天野先生が口を酸っぱくして言ってくれていた「組手でやるべきこと」と「組手でやってはいけないこと」が自分なりに見えてきた。

春の交流会

3月28日から4月1日にかけての毎朝の自主練では、胸を張って探手、自分は壁です!という気分で探手、が主なテーマだった。
4月3日の交流会では、佐藤聖二先生からも「君はバランスがいいねぇ」と組手を褒められて嬉しかった。しかし、自分の何がどう良かったのかは、相変わらず実感できずにいた。それでも佐藤先生や鹿志村先生、島田先生からも、色々とインスピレーションをいただき、次の練習テーマをゲットできたので、楽しい交流会だった。

頭部は中央に

前回の交流会の際に、拳学研究会の方から聞いた話。組手での立ち方について。両足はスクエア(正方形)に置き、体重は5/5に。当然、頭の位置も中央にある。この状態から寄せ足をせずに、2レール上を移動していく。この歩法は中国、意拳の中の歩法のひとつかと思ったが、意外にも澤井先生直伝の日本古流の武術からくるものとのこと。
これは、組手では片足で立つ、ジグザグに寄せ足しながら歩く、頭を横へ移動させる身体の使い方、ということとは対極にある。その方の話では、結局、何かひとつの事が正しいということではなく、これはこういうもんだ、という思い込みはNGで、別の可能性も常にある。そして、逆もまた真実なり、ということを忘れないように、という事だった。

会陰で吸い込む

4月5日から4月7日にかけての毎朝の自主練では、鹿志村先生からダメ出しされた推手でのチカラの出し方と、佐藤先生から聞いた六面力の説明を思い出しながら立禅をした。それでふと「腕の力をもっと抜いたほうが良いな」と思った。天野先生からは尻を締める様にと言われていたが、それに似た感じで、会陰部から少し吸い込むようにして、透明なパイプを頭頂部までイメージしてみると、上体の全体にピリピリ感が出てきた。
半年ほど前から、前腕がピリピリする感じが時々あったが、上体の全体にピリピリ感が出たのは初めてだった。これに気付いた瞬間、あるものが数列を成した。会陰部から少し吸い込むようにして上体のピリピリ感のある立禅をする → 半禅でも同じように → 這いでも同じように → 揺りでも同じように。 
そしてこのピリピリ感を保つためには、頭部が中央にあって、膝が少しガ二股になっていたほうが都合が良かった。4月10日、日曜日、岸根での稽古では、組手は行われなかったが、推手の際に先輩のIさんと当り、頭が中央にあるときは維持できるものが、頭が外に行った瞬間に崩されるという体験ができて、自分の課題の検証ができ、有意義な一日だった。

それなりにバケラッタ!

4月11日から4月15日にかけての毎朝の自主練では、先週に引き続き「会陰部で吸い込む&上体のピリピリ感」をテーマに稽古していたが、毎朝、新しい感覚が出てきて不思議な感じだった。ノートのメモから項目だけを抜粋すると、「今を味わう立禅」「空(クウ)の探手」「腰掛け替える這い」「腰かけ続ける這い」「おおらかな気持ちの立禅」そして最終日には、立禅の中で、自分がそれまでより大きくなったように感じるようになっていた。

還暦祝い・嬉しい祝杯

4月17日の稽古に参加。3人~4人と組手。その後、天野先生の還暦祝いの飲み会に参加。何だかみんなの眼が違う。羨望のまなざしが注がれる。ちょっと恥ずかしいような感じ。なんでなんでと何人かに聞かれる。3月20日の何がどう良かったのかが実感できずにいた整合性が取れない状態からはやや進歩したものの、まだ夢心地の気分。また、今から組手やったら以前のヘナチョコに戻ってるんじゃないかな、と疑いたくなるような気分。さっき組手やってたのって俺じゃないんじゃないかな、というような気分。先生のお祝いはそっちのけで、自分に対しての祝杯でした。横浜桜木町で飲んで、新幹線の中で飲んで、広島のアパートでもまた飲んだので、翌朝はかなりの二日酔い。それに加えてAK吉さんに蹴られた左足が痛い痛い。腰にも筋肉痛が…。

ともに進むみんなへ

その日、何人かの人達に今回記述した「上丹田から頭部へのつながり」「頭部は中央に」「会陰で吸い込む」などのやり方と効果について話しができた。しかし今になって考えてみると、トミリュウにとってこれらが最終的に決定打になったという事実があったとしても、他の人たちには当てはまらないな、と思った。それぞれ方々には、それぞれの個性がある。それぞれの性格がある。それぞれの体格・体質がある。そして、それぞれの段階がある。
そこで僭越ではありますが、稽古の際の留意点を優先順位の高い順にまとめて書いておきたいと思います。
(その1) 一日20分でよいので時間を作ろう。出来れば朝、無理なら夜、もしくは昼。出来れば外で、難しければ室内で、自主練をやりましょう。5分は準備体操、5分は正面の立禅、残り10分で、左右の半禅。練習が面白くなってくれば、時間は増やせます。30分、45分確保できれば、這いや揺り、練りの稽古も加えよう。
三年間太気続けてきて、週一回合同稽古にだけ参加した人は、まだ初めて一年だけど、週五回自主練して、週一回合同稽古に出た人に追い越されます。単純な計算です。 月4回×12カ月×3年=144days、これに対して月24日×12カ月=288days。太気拳の修行は、自分と向き合い続けることが必要最低条件です。しかしながらそういうトミリュウも、最初の一年間は自主練をやっていませんでした。初めたのは、二年目からです。最初は20分、そして少しずつ延長して30分、40分と…。三年目には、毎朝60分やるようになっていました。
毎朝60分の自主練は、三年目から九年目までの7年間続けました。その後は通勤時間の都合などにより毎朝30分になっています。
(その2) 体幹部にアプローチする。頭の位置、骨盤の角度、脇胸、脇腹、腰ハラ、手足より体幹部を重視しよう。
(その3) 先生の言った意味を考える。ノートにメモを付ける。自分なりに工夫する。
単なる反復稽古、繰り返し稽古にならないように。
最後に、今年4月15日の天野先生のブログからの抜粋をご紹介したいと思います。

about 太気拳
太気拳ほど単純な武術は無い。最近は特にそう思う。
以前稽古してる時に、それぞれの稽古が全部同じ方向を向いてる感じがした。
それでも、それが何であるのか、と言う事が明確にならなかった。
最近はそれが徐々に明確になってきた。
単純と言う事は、だから簡単だ、という事にはならない。
動に静を流し込む。静を護って動に移行する。
こんな単純な事を稽古する。だから禅を組む。
禅の質が動きの質であり、その人の功夫と言う事になる。
時によってはそれが今此処での強さと直結しない時もある。
でも、長い目で見れば必ず山に登れる。
急いで昇って息切れして諦めるより、一歩一歩を踏みしめる。