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会員・会友員のテクスト 富川リュウの太気拳修行記

第十一部・新春の章

劇的!ビフォー・アフター

昨年は11月から12月にかけて主幹部分に変化の多い時期だった。はじめは骨盤の角度、そして首の状態と、組手に大きな進化は見られなかったが、確実に何かが変わり始めている手応えはあった。そして今年1月に入って仙骨に大きな変化が起こり、自分の組手に大きな進化が現れた。

ゆさぶりの微動

変化の前兆は首の緩みと伸び、そしてその変化を加速させたのは、揺さぶりの微動効果だと思う。「お腹ブルブル立禅」「鯉の滝登り効果」そして「機関車トーマス作戦」という昨年11月から12月にかけての取り組みが功を奏したのだろう。

またたきの微動

揺さぶりがある時期においては、体中の関節を良い位置へアライメントしてくれたのだと思うが、その後はあまりそういう体の使い方はしなくなった。16番先輩から、短く力を出すようにとアドバイスをいただいたからだ。短く力を出す。断続的に出す。もっと細かくしていく。そして星がまたたくように。最後は外観に身体は微動していなくとも、意念だけがまたたくように…。この感覚も組手において、相手の動きの兆しを感じて反応するためにとても効果的だった。

仙骨の極み

1月16日の元住吉での稽古日、この日は組手稽古はなかったが、爪先立ちの立禅で、両足のカカトが押し付け合うようにとのアドバイスをいただいた。また横歩きの歩法をつま先立ちでかなり長い時間稽古した…。この稽古の最中に、先生のいうとおり、ヒザをつま先に乗せる感覚と尻を締める感覚が出てきた。そして頭位置がそれまでよりもっと高い位置にきた。このあと、尻を締める感覚は、仙骨が腸骨の中に押し込まれるような感覚に変わっていき、そして十日間ほどすると、仙骨が腸骨の奥へと収納されてしまったような感覚になった。まるでへっぴり腰で歩いていた類人猿がやっと人間になれたかのように「仙骨の極み」ができた。

ノドで観る・ムネで観る

2月に入ってトミリュウの組手は別人のようになった。それでもまだ下を向いていると言われたので、しばらくはアゴを少し上げた立禅をしていた。この時に「ノドで相手を見るようにしてみてはどうか」というアイデアが浮かび、同時に手のひらでも相手を見るようにしてみた。2月14日の組手でそこそこの成果が見られたが、自分のノドで相手を見るようにすると視線も自然に相手のノドに向かうことがわかったので、次の一週間はムネで相手を見るように意識して、立禅をしてみた。そして次の週はハラで相手を見るように…。

クワガタの探手

組手のときはあまり自分から腕をふりまわさないように、とのアドバイスをいただいたので、その日からトミリュウの探手はクワガタの探手になった。前腕の位置をそのままで、ハラを捩って前腕の接触点に上下の力、左右横への力、開合の力がまたたくように意識する。またこの前腕の位置をほとんど動かさないまま、立ち位置を変えるステップワークを模索する…。なんだか以前の探手とは全く違っていて、他人が見ても何やってんだかわかんないんだろうな~って感じです。だって自分でも何だかよくわかんないんですから…。

未知の領域へ…

武術のイメージ、太気拳のイメージ、自分の組手のイメージ。今までもっていたイメージとは全く違った組手をするようになった。だから自分でも何をやっているのか、何が良いのかがわからない未知の領域に入っている。

普通はこうだ。先生や先輩の組手を目に焼き付けて、自分なりに動きのイメージを作る→そう動けるように練習する→出来ない→できるまで反復稽古を繰り返す→出来るようになる??と書いたのは、出来るようになる人もいるかもしれないが、トミリュウは出来るようにはならなかったからだ。それでは何が変ったのか? それは姿勢というに尽きる。骨盤の角度、首の状態、そして仙骨の入り具合。実際これだけで、特にあとは、どこを見ようとか、こう避けて、こう打つとかは考えていない。だから今でもまだ半信半疑、夢の中にいるようにさえ感じる。まるで手応えがない、気負いもなければ、気合いもない(集中力は必要)。

2月に入ってからの組手回数は3回ほど、良くはなっているのだが前述のように手応えがなく、未知の領域へ入っているため、その辺のことが言葉や文章では表現できない。あと一ヶ月か二ヵ月後にはもっとましな説明ができると思うのだが…。

今日は3月7日、日曜日。金曜の仕事が土曜まで掛かり、今日は疲れて稽古を休んだ。今年は1月も忙しかったが、2月も忙しく、3月はもっと忙しくなっている…。忙しい合間を縫って立禅の時間を捻出し、自分の気持ちだけは見失わないようにしたいものだ。