カテゴリー
会員・会友員のテクスト 富川リュウの太気拳修行記

平成14年・冬の章

組手の季節

 お花見で組手をやったのが、ついこの間のことのように思い出される。あの時はとっても緊張していた。始める前から心臓がバクバクしていた。立禅をしていても気もソゾロといった感じだったし、探手をやっていても動きが硬い感じがあった。そして組手が始まって、なんとかそれなりには動けたが、新たな課題も見つかった。足が前に出て行かない。下半身を残したまま手だけで打とうとするので、上体が流れて腰が引けたような姿勢になる。当然軸は崩れ、体の統合は失われ、打拳には力がのらず、防御も穴だらけとなっていた。

 季節は移りかわり、今は冬。あれから8ヶ月の月日を経て、富リュウはひとまわり成長した。11月に一度か二度、ライトな組手をする機会があったが、怖さを感じなくなっていた。もちろん格上の先輩と組手をやって、勝ててる訳ではないのだが、安心感というか、なんとも言葉では表現できないのだが、身体に任せるというか、姿勢さえ崩れなければなんとかなってしまう――という感覚がいつの間にか身に付いていた。

 そして12月15日、毎年恒例の忘年会組手が行われた。今回はとってもリラックスして組手ができた。体が自由に動く。普通の方々からは奇異に思われるだろうが、楽しい殴り合い――といった感じだ。何人かの先輩から「お前、強くなったな」と言葉をいただいた。素直に嬉しかった。「気負いなく、自由奔放な感じに動いていたのが印象的だったよ」とも言われた。

 組手って楽しいよな。いつも天野先生はそんなことを言っていた。以前の自分には、それがどういうことなのかがさっぱり分からなかったが、今回は自分でもちょっと楽しかった。きっと俺は強いんだぞと自慢したり、自分の強さを知らしめて優越感に浸るということではなく、もっと内側から湧き上がってくる自分という存在を確認し、それを表現するのが組手なのだと思う。だから組手って楽しいよな、ということになる。富リュウもその世界に一歩足を踏み入れてしまったようだ。「自己表現のための組手」それをもっと満喫してやりたい。

無重力の這い

 這いの稽古をしているときに天野先生がひとついいことを教えてくれた。「後ろから前へ重心を移していく際には、前足を引き上げるように使うんだよ」とのこと。それまでの自分のやり方は、前足にぐぅ~と乗って行くようにしていたので、足腰にけっこう負担を感じていた。

 毎朝の自主練で、さっそくこの這いを試してみた。前足を引き上げるように使いながら移動してみると、確かに足腰の負担が軽くなる。この這いを2度3度と繰り返す内に、新しい体の使いかたを発見した。名づけて「無重力の這い」。前足を引き上げながら、頭頂部も引き上げるように使うことで、よりいっそう軸が安定し、腰を落としていても筋力に負担がかからない這いができるようになった。これは今世紀最大の大発見!と言っても良いくらい私にとってはエポックメイキングなことだった。この状態を維持して探手をしてみると、これがなかなかいい具合で、まっすぐな姿勢のまま前進していける。ムフフフ、なんだか楽しくなってきたぞ……。

ぶらぶら立禅

 肘の位置が落ち着くべき所に落ち着いたようだ。肘の位置が決まると前腕がじゅうぶんに脱力できて、ふらふらとどこにでも行けそうな感じになる。それとは裏腹に二の腕が疲れてくるようになった。先生に聞くと「疲れないような位置を探せばいいんだよ」と言われるだろうと思い、しばらくは自分でそれを探していた。前腕を立ててみたり、横にしてみたり、色々と試してみるのだが、どれもかんばしくない。一月ほどやっても進展がなかったので、やっぱり聞いてみることにした。「手首の角度を工夫してみては」と意外な答えが返ってきて、なるほどそれには気づかなかった。手のひらをちょいと下向きに、あるいは内向きに、色々と試してみた。具合のいいところが見つかると、確かに二の腕の疲労は軽減された。

ボロボロ推手

 12月の15日の組み手の後、ちょっと腰を痛めて稽古を休んでしまった。年が明け1月に入ると、こんどは土日出勤が重なり、結局、まるまる一ヶ月間も稽古に参加できなかった。「でも自主練はやってるから、そこそこ行けるだろう」という希望的憶測とは裏腹に、推手はボロボロだった。軸が定まらず、足はタタラを踏み、息は上がりっぱなし。天野先生からは腹がガラ空きと言われ、ヒザ蹴りを何度も喰らった。やっぱり、対人稽古もしていないとダメなんですね……トホホ状態である。一ヶ月間、とりあえず一人稽古はしていたのに、それは全くの無駄だったのではないかと、ちょっと落ち込んでしまった。

 でもあくる日からはやっぱり自主練。もう日課となっている。先生に言われたガラ空きの腹……下に抑えつける力がないから、腹が空いちゃうんだよ……という言葉を思い出しながら、ではどうすれば……と考えながら禅を組む。答えはすぐにやってきた。頭を天に突き上げる感覚を以って肘で下に抑え、肘で下に抑える感覚を以って頭を天に突き上げる……コレだよコレ!

 芋づる式に出てきた二つのことに感謝、感激、雨あられ!

 特に自分にとっては、腹ガラ空きの矯正より、頭頂突き上げ感を手に入れたことが嬉しくてたまらない。やはり無駄ではなかったのだと思いたい、自主練だけの一ヶ月間を。きっとその間の蓄積があったからこそ、推手の次の日に、新たな体の使い方を手に入れられたのだと思うのです。