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会員・会友員のテクスト 富川リュウの太気拳修行記

平成13年・初夏の頃

楽しい立禅のその後

 自主練として始めた毎朝の立禅も、3ヶ月を過ぎた頃になってくると、少々物足りなさを感じるようになってきていました。今までは立禅(正面)、半禅(右と左)をそれぞれ5分ずつ、揺りを5分ほどで、合計20分ほどを行っていたのですが、「よし、あと20分早起きして立禅の時間を増やして、這いも少しだけでよいから毎朝やるようにしよう!」と思い立ちました。実際のところ、「朝、眠たい・・」という欲求よりも、「もっと立禅をやっていたい!」という気持ちの方が大きくなってきていたのです。

 かくして、それまで起床時間を40分早めて20分間の練習時間を確保していたのに加えて、これからさらに20分延長させるためには、元の起床時間より、1時間も早起きするということになってしまったのですが、それほど苦にはなりませんでした。通勤電車もすいていますし・・・。練習メニューは、立禅を20分~30分、揺りを5分ほど、這いを10分ほどといったところでしょうか。電車の乗り継ぎの都合上、多少時間が増減したり、その日の気分で各メニューの配分が変わったりということもありますが、大体こんな感じでやってます。

立禅の中の上下の力

 6月末に行われた天野先生のセミナーでは、「立禅の中での上下の力」を指導していただきました。以前に、扶按椿(ふあんとう)という立禅を教えていただいたことがありましたが、これは「腰まで浸かって川の流れの中に立ち、手のひらを下に向け、この手で水面にある木の板を抑え、この木の板が流れていってしまわないように、また抑えすぎて沈めてしまうことないようにという意念を持ち、膝で緩やかに細やかに上下動を行う」というようなものでした。

 しかし今回、天野先生が指導された上下の力は、もっと判り易く、もっと力強いものでした。それは通常の立禅(正面)の姿勢において、「下半身はズンッと重くし、上半身から頭にかけてはスッと真っ直ぐに軽く立つ」というものでした。この下半身の感覚を判らせるために、先生は一人一人の腰をつかんでは、相撲の吊り出しのように持上げて回って下さいました。先生の説明では、「各自、相撲のまわしをつけていて、相手がそれを持って吊り上げようとしている。自分は吊り上げられまいとして、ズンッと腰を落とす――この下半身の感覚を、相手がいなくとも常に感じている、常に保っている――という状態です」と説明してくださいました。

 また上半身に関しては、「頭が上に紐で引っぱられているような状態、もしくは、自分が水中歩行をしていて、足には重しがついているけれども、頭は浮力で浮き上がろうとしている――スッと伸び上がっているが、力み(りきみ)は全くない状態」と説明されました。

 そして立禅の中には、前後の力、左右の力、等もあるが、実はこの上下の力こそがいちばん重要であるとのことでした。

 上下の力を失わずに、「禅を組む→這いをする→推手をする→組手をする」という事ができれば、もう完成といってもよいくらい重要であるとのことで、それだけにかなり難しく、特に相手がいる推手や組手の場合においては、なおさら難しいようです。

 ではこの上下の力とは、いったいどういうものなのでしょうか。これは言い換えれば、軸の力、軸を守りきる力、軸を崩さない力、自分の中心を守る力、等々とも表現できるのではないでしょうか。

 例えば、スパーリングの間合いからジャブを打ち込みながら、相手に向かって前進して行ったとします。相手は後退しながらこれを捌き、こちらが少しあせって一歩大きく踏み込んで、右か左のストレートを打った瞬間、相手がスッと体を横へかわしたとします。とこの時、自分が前のめりになり、バランスを崩している状態であれば、これは上下の力を失っているという事であり、逆に自分の体がすぐに相手の方へ向き直ることができれば、上下の力は保たれていたといえるのではないでしょうか。スパーリングの中で、前者のようになると、圧倒的に不利な状況であり、後者の場合には、相手はかわしたつもりでも、こちらはもう既にそのかわした相手の方を向き直っているわけで、やや優位な状況にあると言えましょう。

 上下の力について、一例を示しましたが、「推手、組手では、どんな状況においてもこの力を守りきる事ができるように稽古していくことが肝要である」と天野先生は特に強調されました。

這いの歩法の中での体重移動

 同じ日のセミナーの午後の部において、天野先生は、這いの歩法の中における体重移動についての説明をされました。

 基本的な這いの方法については、(平成12年・春の章)「這いの歩法」および(平成12年・秋の章)「背中パンパンの這い」の中で述べておりますので、そちらをご参照ください。まずそこに記述されている注意事項を遵守した上で、ここからの説明が重なっていくと考えてください。

 天野先生の説明では、人は歩くときに体重移動をしている。右へ左へ、右足へ、左足へ。そしてそれを細分化していくと、右足が接地しているときには右足裏の中でも、体重移動が行われている。前進するときのその順序は、「踵→小指の付け根→親指の付け根」となり、逆に後退するときには、「親指の付け根→小指の付け根→踵」となる。そしてこれを這いの動きの中に取り入れ、足裏の中での体重移動をより意識して、感じてください、とのことであった。

 順を追って説明しましょう。まず両足が揃っていて、右足を一歩斜め前へ踏み出し、体重が左足一本にかかっていて、右足は地面を確かめるようにしながら、まだ接地していないところから始めます。

1. 右の足裏全体を接地させたら、左足上にある骨盤と上体を、右足上まで移動させていき
ますが、この時、右足裏にかかる荷重が、はじめは踵にかかり、骨盤と上体が移動する
に従って、それが小指側を通って親指の付け根あたりへと移り、このときには骨盤と上体
が完全に右足上にあるという事を確認します。

2. 次に左足をゆっくりと引き寄せ、右足と擦れ合うようにしながら、左斜め前へと一歩踏み
出します。

3. 右足上にある骨盤と上体を左足上まで移動させていく過程において、左足裏の中の荷重
の移動が踵から小指側へ移り、親指の付け根あたりへ至り、このときには完全に左足一
本で立っている状態、右後ろに置き去りになっている右足を少し浮かせても全くふらつか
ない状態にあることを確認します。また後退するときにはこの逆の要領で行います。

※)上記の内容は、BABジャパン出版局から出されている「天野 敏 の太気拳“挑戦”講座」に出ておりますので、興味のある方はそちらもご参照ください。

這いの極意はオヤ・コ・シリ?

 この日、一日のセミナーの中では、私自身どうもしっくりと自分の動きとしてなじませる事ができなかったので、毎朝の自主練に這いの稽古も取り入れて、何度も繰り返してやってみました。

 朝の公園で、立禅を組んでから、両手を挙げ、腰を落とし、這いの姿勢をとり、右足を一歩踏み出し、骨盤と上体を左足上から右足上へと移動させていく。「カカト‐‐コユビ‐‐オヤユビノツケネ‐‐‐」どうも一言一言が長ったらしく、気持ちを集中させにくいので、踵は「カカ」、小指は「コ」、親指の付け根部は「オヤ」ということにして、左足一本で立って・・・ちょっと頭がふらつくので、上下の力で姿勢を正して、右足を一歩前へ出し、体重を移動させて「右足裏で、カカ→コ→オヤ」、左足を出して「左足裏で、カカ→コ→オヤ」と心の中でつぶやきながら繰り返し行います。後退するときには、逆に「オヤ→コ→カカ、オヤ→コ→カカ」となります。

 ここでひとつ問題が発生しました。「カカ→コ→オヤ」の体重移動はだんだんと明確に感じられるようになってきたのですが、体重が片足に移りきった時にどうしても上体がふらついてしまうのです。どうやら「体重移動=進む」という、移動していくことを重視しがちとなり、上下の力が失われているように思いました。とそのとき、頭の中であることが閃いたのです。「そうだ、尻の股関節を使ってみよう!これを組み入れて、這いをやったら良いではないか!」そうと決まればさっそく命名。というわけで「尻の股関節=シリ」ということにしました。

 右足を一歩踏み出し、ゆっくりと体重移動していく、「カカ→コ→オヤ=シリ!」。「オヤ」に荷重が乗ると同時に「シリ」を意識する。こうすると狙いがズバリと的中し、上体がピタッと安定しました。左足を踏み出して、体重移動していく、「カカ→コ→オヤ=シリ!」。人には恥ずかしくて言えないフレーズであるが、そんなことはどうでもよい。

 何度かやっていると、「カカ→コ」の次は意識しなくても「オヤ」に体重が移動するので、「カカ→コ→シリ、カカ→コ→シリ」の要領で行うことにしました。

 後退するときには逆に「カカ」が省略されたので、「オヤ→コ→シリ、オヤ→コ→シリ」と体重移動と尻の股関節を意識することで常に姿勢が安定していて、上下の力が保たれているような這いができるようになったのです。

 この「尻の股関節」は私の場合、本当に役に立ちました。ここを意識するだけで上体が安定し、背中や腰の負担もグッと減り、ほとんど筋肉痛に悩まされることもなくなったのです。以前は、背中の筋肉をパンパンにさせながらやっていた這いが、まるで嘘のように思えてきます。