入門後の印象
平成12年の春、一度練習を見学させて頂いて、次週から入会という形をとりました。何を習うにしても、先生との相性や、その団体や組織のもつ雰囲気が、自分に合うかどうか、要は居心地が良いかどうかというのが、それを長く続けられるためひとつのポイントになると思うのですが、天野先生はとても気さくな方で、親切丁寧に説明してくれるし、ちょっと顔が怖くて稽古のときには厳しい先輩達も、稽古のあとには「とにかく長く続けるように頑張って下さいネ」と声を掛けてくださり、気持ちの上で受け入れられているんだなという安心感がありました。
立禅の中の前後の力
入門して初めて習った立禅は、「立禅(正面向き)」と「半禅(右向き)」と「半禅(左向き)」の3種類でした。立禅は足を肩幅に開き、足先はやや外側を向け、膝を閉じ気味にして、手は大木を抱えるように顔の前に置き、手のひらを自分の方へ向け、指を開く――おおざっぱに言うとこんな感じです。立禅の中で、初めて天野先生に教えていただいた事は、「前後の動き(力)」でした。立禅で立っている状態から重心をつま先に移していく。そして踵が地面から離れそうになった瞬間に、手の甲が壁にあたったように感じて、ピタッと止まってみる。次に重心を後ろに移していく。同じようにつま先が地面から離れそうになった瞬間に、背中の上の方(首の付け根あたり)に僅かに緊張を持たせて、その力で動きをピタッと止めてみる。
実際に自分で上体を前後させながらこれをやってみると、「壁」をイメージした時と、していない時の違いがはっきりと判ってくる。つまりこれが「意念」ということであるらしい。「なぁんだ、それってイメージトレーニングの事なんじゃないの。じゃあ『意念=イメトレ』だな」などと、自分勝手に解ったようなつもりになってしまいました。
そしてもうひとつ、先生の言うところの「僅かな緊張」――実はこれが曲者です。確かに、後ろに行きそうになった時に、背中の上のあたりをグッと力んでみると、動きは止まるのです。でもしかし、この「力む」ということと、先生の言うところの「僅かな緊張」とはどうも違うらしいのです。この辺がどうも難しいというか、奥が深そうでなのです。
這いの歩法
入門した初日に、這いの歩法も教えていただきました。這いのやり方には何種類かあるらしいのですが、私が最初に習った這いは、比較的、楽に行えるものでした。たぶん「最初から本式のきつい這いのやり方をさせると、根性のない富川はすぐに辞めてしまうだろう」と先生が気を使って下さったのかもしれません。
その這いは、手を体の横にヘソの高さあたりにおいて、腰をあまり落とさずに、目を前方へ向けゆっくりと歩み、進んでいく――というものでした。このときの注意点は、寄せ足と重心移動の2点でした。
例えばいま、右足が前にあり、上体の重心も右足上にある時に、左足が後方にあるとしましょう。つぎに左足を軸足である右足に近づけていくのですが、この動作の中に色々な要求事項がありました。
1.左足を引き寄せる前に、靴裏全体を地面から1cmほど浮かせてみて、上体が
ふらつかないこと。重心が右足一本ににしっかりと乗っていて、上体が右に
傾いたりしないことを確認する。
2.動き初めは、最初に外を向いていた左足のつま先を右足(軸足)の踵の方へ向
け、左足のつま先が右足の踵を目指して進んでいくように意識すること。
3.また同時に、左足の膝頭が右足の膝裏にピタリと合体するように意識して、
左足を引き寄せていくこと。
4.また同時に、左足が大腿部まで田んぼの泥の中に浸かっていて、その抵抗を
感じながら、左足を引き寄せていくこと。
5.また同時に、脚の筋力を使うのではなく、股の閉じる力を感じて引き寄せる
こと。
―――という具合です。
これでやっと左足が右足の所まできてくれたので、次は左足を一歩斜め前へと踏み出していきます。
1.今は右足が軸足になっていて、左右の足が並んで揃ってはいるが、重心は右足
一本にあり、左足裏は地面からやや浮いている状態で、両膝ともが少し曲がっ
ている状態です。この右足に重心が掛かったままの形から左足をそろそろと斜
め前方に出して行きます。
2.右足のつま先の親指から左足の踵が引き裂かれていくように意識すること。
3.また同時に、左膝裏が右膝頭~引き裂かれていくように意識すること。
4.また同時に、田んぼの泥抵抗を意識しながら、左足を出していくこと。
5.また同時に、脚の筋力を使うのではなく、股の開くる力を意識して左足を出し
ていく事。
―――と、ここまでの動作でやっと左足を一歩前に踏み出すことができました。
そして次に何をするのかというと、体の重心を右足上から左足上へと移していきます。分解して説明すると次のようになります。
1.重心を移動させるということは、腰と上体を右足の上から左足の上へ動かし
ていくことです。上体は常にまっすぐに立っているという前提で、骨盤(腰)
に着目します。そして骨盤に繋がっている右足のつけ根部(股関節)を意識し
ます。
2.骨盤が右足上から左足上へと移動していくときに、右の股関節と左の股関節
が「グリグリ、グリグリ」と動いていくように感じます。
3.またこの時に、左の膝が自然に少しずつ前にせり出して行きますから、この
膝のすぐ下あたりに氷が張っていて、その氷を「バリバリ、バリバリ」と砕
いていくように意識します。
4.またこの時に、太ももの前面の筋肉はできるだけ力まないようにして、太もも
の後ろ側の筋肉(ハムストリング)と背中に僅かな緊張を感じるようにします。
5.骨盤が完全に左足の上まで移動し終わったら、まだ後ろにある右足を少しだけ
浮かせてみて、上体がふらつかなければ良しとします。
―――以上の動作を繰り返しながら、ゆっくりと前進と後退を行います。
訳のわからない推手
推手とはいったい何なのだろう。端から見ていると単なる腕と腕で押し合っているようにしか見えないのだが、その練習方法に内包される要求事項には、けっこう奥の深いものがあるようなのです・・・
とりあえず最初は足を使わずに、手の廻し方から。手首から肘までの前腕部を用い、相手の前腕部と絡めて廻しながら上になったり下になったり。つまり最初に前腕の内側で相手の腕を押したら、次はぐるっと廻って前腕の外側で相手の腕を押すようにします。(相手側はこれの逆をやっている) そして自分と相手とが向かい合い、両手をぐるぐる廻しながらこれを行うのですが、要領を得るのに多少時間が掛かります。お互いがぐるぐるとスムーズに腕を回せるようになってきたら、二人同時に一歩前へもう一歩前へ、一歩後へもう一歩後へ、と歩を進めてみます。前に出るときも、後に下がるときも常に相手に圧力を掛けていることが大切なようです。つまり前腕は単にぐるぐると廻しているのではなく、相手の腕を右へ左へと払うのでもなく、常に前へ前へと相手の中心に向かって行く方向に、力を出し続けるようにすることが最初に要求されます。
とりあえず初めの頃はこんな要領でやっていきますが、これが結構きついのです。前腕をぐるぐる廻して相手と押し合いながら、前へ、後へと足も合わせて動かしていくのですが、シャドーボクシングのような激しい動きではないしにしても、さすがに一人と4分から5分ぐらい相手をして、「交代!」と言われてまた4分から5分ぐらいやる。これを40分から長い時には50分もやっているので、途中からは結構、息も上がってきます。ただメンバーの人数が奇数の時には、途中どこかで自分に休憩の順番が廻ってくるので少し楽ちんです。(偶数人数の時にはそうもいかない)だけど拳法で強くなるためには、つらい稽古も楽しくこなしていかなければならないのに、「今日は奇数人数だからラッキー (^-^) 」 と喜んでしまう自分が、少し情けなく思えたりもするのです。