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メールQ&A 天野敏のテクスト

動くとしっくりこない

Q:
天野先生、以前は「稽古の順番」のことについて、丁寧にお答えいただき、ありがとうございました。
その後、メールにも励まされ、先生の書籍、DVDなどを参考にしながら、毎日の生活の中に太気拳を取り入れて過ごしております。

立禅をしていて、腰を滑らせる感じがつかめてきたのか、上体の力を緩めることが依然よりはできるようになってきました。這の時にもこの感覚を取り入れることで、歩幅が狭くとも、足にじっくりと力を乗せることができてきたように思います。
ですが、練に取り入れようとすると、特にゆっくりと動こうとすると、腰の前後の動きが目立つようになり、どこかしっくりきません。まだ、半年足らずの経験しかないので、「腰を滑らす」ということの捉え自体が間違っているのかな…と疑問もあります。
腰を低くするなどの動きと絡めるとなおさらです。
腰の動き自体に着目し、固執してしまうことは、全体的なバランスを考える上でいかがなものなのでしょうか?
すごく、漠然とした質問になってしまいましたが、お答いただければありがたいです。

質問者S

A:
なかなか答えにくい質問ですね。

でも、これを立禅がなんとなくしっくり立てるようになってきたけれど、動くとおかしくなる、っていう風に考えると良く判る気がします。
立禅で立つ事は、文字通り立つだけ。
だから気持ちもここにいる。
ところが動こうとすると、気持ちも動く。
当たり前だけど、前に行こうとすると気持ちも前に行く。
気持ちが前に行こうとすると、実は頭や顔が一番先に前に行こうとして前傾になる。
これは自分でもわからないくらいの変化だけれど、その瞬間に立禅の時のバランスが崩れる。
みんなこうなるようです。

でも、ここに注意しなければいけません。
動いても立禅のときのバランスを崩さずに動く。
ここが大事です。
立禅の感じを失わずに這いや練りをやれるようにする。
そうすると今度は同じように対人練習の時に前傾になる。
その時にもそれを立禅の状態の戻すように修復する。
その繰り返しで少しずつ姿勢が整うようになってきます。

どうしても人は気持ちが前にいくと前傾してしまうもの。
頭が先にいって腰が遅れ前傾になる。
そういうものです。
だからこそ立禅で整った状態を知る必要があるのではないかと思います。

動く時には、腰が少し先に行き過ぎ、と思うくらいでちょうどいいくらいです。
最初は少し後傾してるんじゃないか、という位でちょうど良いかもしれません。
腰を落とせば落とすほど、前傾しがちですがそこで姿勢を崩さないように注意が必要。

腰を落とす時に、腰を折らずに臍をへこませるような感じで立つ。これが大事です。
お尻を突き出さないで、骨盤を後傾させる感じです。
そうすることで、下腹に力が入ります。
その上で、胸をわずかに張る感じで姿勢を工夫しください。

ここら辺はとても微妙なところですが、大事なところです。
動く時には、常に腰が先に行く感じです。
そうすると、動いている自分を客観的に観察できるような気分になります。
姿勢が気分を作ってくれます。

なんとなく当たり前のように普段の姿勢になりがちですが、それでは稽古した甲斐がありません。
ちょっとした姿勢の変化で、気持ちががらっと変化してしまうものです。
そこを探して見るのが稽古です。

姿勢で大事な事は二つです。
臍のあたりをを棒で突かれたような感じでへこます。
これがひとつ。
次にお尻の筋肉、大臀筋をきゅっと締められるようにすること。
これらを守れる姿勢を保つ事。
これらを動いても守りきること。

よく武術の本などで、姿勢について丹田を守る、とか肛門を引き上げるように立つ、とか何とかの一つ覚えのように書いてあります。
他に書きようが無いのか、と思いますが、多分書いている本人もわからないからどこかからの孫引きで書いているのでしょう。
でも、今書いた二つが、これがその要領です。
下腹にぐっと力が入るような姿勢を、この二つの注意点に留意して工夫してください。

正しい姿勢を探る、求める。
これは本当に大事な事です。
ひょっとすると、太気拳はここに尽きるかも知れません。

頑張ってください。

太気会 天野