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会員・会友員のテクスト 富川リュウの太気拳修行記

平成16年・冬でござる

半禅の間違い

 どうも半禅の姿勢がしっくりしない。体にまとまりがなく「んーこれでいいのかなぁ」っていう感じだ。土曜の午後の稽古の後、天野先生に質問してみた。「先生、半禅がどうも上手くいかないですけど・・・」「どこが上手くいかないの?」「えーと、えーと…」「ただ漠然と上手くいかないって言われてもなぁ、それじゃあ答えようがないよ」「えーと、えーと、あの…足の裏はどうすれば良いのでしょうか?」「つま先寄りだよ。荷重のかけ方は。前足も後ろ足もね」「えっ!先生、後ろ足も前荷重なんですか!?」「そうだよ」「今まで踵(カカト)でやってました…」とヘコむ僕。

 先生によると、後ろ足は、前よりの前足底のあたりに重心を置くようにして、踵の方は、テニスボールをギュっと潰すように、あるいは枯れ葉をギュっと踏み締めるようにしなさいとのこと。踵は見た目には地面と接触していても構わないのだけれど、前荷重が基本であるとのこと。ただこれはあくまで基本の状態なので、変化を引き出す場合には、状況に応じて踵荷重になる場合も当然あって然るべきとのことである。

 「あーあ、今までずっと踵荷重でやってたよ~。まいったなぁ」と心の中で独り言を言いながらも、新しいオモチャを与えられた子供のようにちょっとワクワクしているもう一人の自分がいた。

前荷重でサクサク

 さて、翌日からは前荷重で立禅(正面)をする。まあこれはだいたい今までどうおりである。そして半禅。んんんっと、これは結構キツイ!前足はそっとつま先を着いているだけだから、ほとんどの荷重が後ろ足に掛かっている。――にもかかわらず、その後ろ足の前よりに荷重を…というのだからキツイのも当然である。先生の色々なアドバイスを思い出しながら工夫してみる。まずは正面の立禅に戻って、その感覚のまま半禅の向きに捻じっていく。足腰に負担が掛かっているのをどうにかせねば・・・。立禅で、腰をぶら下げるようにしてみる。そこから半禅に捻じっていく。まだまだ負担が軽減されない。筋力に頼らず、骨に沿って力を出すようにしてみる。少しは負担が減ったか…。そしてこの前荷重の状態を維持したまま、「這い」をやって「練り」をやる。そして「探手」。先週までの探手に比べるとサクサクと素速く動けているように感じる。早くも前荷重の効果が出始めたか!?

金曜の朝

 どんよりと曇った冬の朝、気分もどんよりとしている。眠い。週の終わりの金曜ともなると仕事の疲れも溜まってきているのか、体が重い。鉛のように重い。今までも、だいたいこういうパターンできていた。新しい体の使い方をはじめると、それが楽しくて色々と試してみたくなる。まあそればヨシとして、いけないのはリキミがあること。新しい体の使い方を始める時、どうしても力んでそれをやってしまうため、疲労がたまる。今回の場合は、前荷重。フクラハギがパンパンである。大腿部も疲労困憊。腰や背中の筋肉も張りまくっている。それでも、禅、這い、練り、探手と一通りの稽古をしてから会社へ向かった。

 6:30pm、やっと仕事が終わる。疲労感が体にまとわりついているが、なんとか稽古はできそうである。駅のホームでカレーライスをかっ込んで、大船へ向かう。冬の夜は寒い。そして暗い。立禅をする数人の人影がぼうっと薄明かりの中にたたずんでいる。先生の姿もある。着替えて準備体操をしていると先生が話し掛けてきた。「なんだか疲れたサラリーマンが歩いてくるなあって感じだったよ」「すいません。それ私です」となんだか訳のわからない会話。

 しばらく立禅、半禅をしたあとで、這いにうつる。先生から激が飛ぶ。「そんなに力んでいたんじゃあ体を壊しちゃうよ!もっと楽に。腕を楽に。腰もゆったりと」。足裏の前荷重を意識するあまり、フクラハギに力が入り、それで腕もガチガチになっていたようだ。「前腕はさ、ハエタタキでいいんだよ。らく~にして、ぶらぶら~にして」先生からのアドバイスはいつも的確だ。腰の状態はスキーのジャンプの飛び出す準備段階のようにと、身振り手振りを交えながら教えてくれた。

 「飛び出す前はさ、しゃがんでいるけど緩んでるんだよ。緩んでいるから飛び出す一瞬に力を集中できるんだよ。その感じで禅を組んで、這いをやってごらん」とのこと。あとはいくつか動物の話もされた。「はぁ~なるほどねぇ~。力まないでしゃがむっていうのは難しいようで意外と簡単なのかも。動物になっちゃえばいいんだな…。ただねぇ、この理性がじゃまをするのよねぇ。人間の。理性を捨てて、野生を取り戻せって言われてもね…」そんな迷いが頭をよぎる。

 この日の推手は、とにかく前腕の脱力を意識して行った。体を滑らかに柔らかく使えるように、猫や蛇の動きを思い浮かべながら…。

体に任せる

 「富リュウはさ、考えすぎなんだよ『良い姿勢っていうのはこういうものって』その頭でっかちな考えが、上達するのを阻んでいるんじゃないか?もっとさ、体に任せるの。体はさ、知っているんだよ。お前が頭であれこれ理屈で考えている以上のことを。それを信じてやらないとね」あまりのショックにグゥの音も出ない富川リュウ。稲妻が脳天直撃!私の全人格を否定されたような衝撃である。この日の推手はなにがなんだかわからない内に終わってしまった。まだ頭の中が混乱しているようだ。

猫のトコちゃん

 私がいつも朝練をしている公園には、トコちゃんという野良猫がいる。野良猫なので本当の名前は知らない。歩き方がトコトコしているからトコちゃん。私が勝手に付けた名前だ。性格はおとなしく、のんびり屋で、人懐っこい猫である。野良猫のくせに太っていて毛色の艶も良いので、きっと近所の誰かが毎日食べるものをあげているのだと思う。トコちゃんの動きは実に無駄が無い。動くときも止まるときも、まったく力んでいない。ときに鳩を見つけて飛び掛ろうと、お尻をムズムズさせてからダッシュするのだが、実に動きが滑らかである。まあこのハンティングはいつも失敗に終わるのだが、失敗してもあっけらかんとしている。

ホウショウ

 意拳には「ホウショウ」という言葉がある。どういう漢字を使うのかは忘れてしまったが「立禅の際には、放尿しているときのようにリラックスしている状態でありなさい」というような意味であったと記憶している。日本風に言うと、温泉に浸かったときに、思わず「うぅう~」と唸ってしまう、あの感じなのではないだろうか。「体に任せる立禅」それに取り組む中で、この「ホウショウ」のことを思い出した。自分は、ちょっとマジメ過ぎるのかもしれない。もうちょっといい加減でも良いのかもしれない。もっと肩の力を抜いて気軽にやってみてもよいのかも。そんなことを考えながら、這いや練りもやってみた今日の朝練でありました。

4サイクルエンジン

 土曜の稽古のあと天野先生が唐突に言う。「結局、車のエンジンと一緒なんだよな。吸入・圧縮・爆発・排気ってさ、それをやってるんだよ。体の使い方ってさ」達人様のおっしゃることは、時に意味不明である。たぶん「発力」に関しての先生なりの解釈なんだろうけど。だって全然わかんないんだもん。でも一応、記憶の隅には留めておいた。それが役に立つ日が、いつか来るかもしれないから。そしてその日は、さりげなく訪れた。富リュウ様の身の上にも…。

膨張と収縮

 前足荷重でやや踵を浮かせぎみにしていても、力まないで立禅や半禅が出来るようになってきた。天野先生に言われた「考えないで体に任せること」をどうやったらいいのかを良く考えた結果だ。這いも、できるだけ体に任せることだけを意識してリラックスしてやっていた。その時、スッと寄せ足が戻ってきた。まるで体の中に吸い込まれる様に。あっ!と思った。頭の中に電気が走った。この感じで練りもやってみよう!体が足を吸い込むような、足に体を引き込まれるような、そんな練りになっていた。新しい体の使い方だ。つまり、これは「収縮」しているだけだ。――ということはだ、要は「収縮」と「膨張」、このふたつをやっておけばいいんじゃないか、とういうことに気がついた。

 太気拳の組手では、いったいどういう体の使い方をすればよいのかが悩みの種だった。そして組手では何をすればよいのかということをずっと捜し求めていた。ここへ来て、自分なりのひとつの答えが出た。それが「収縮と膨張」だ。さっそく探手でこの感覚を試してみる。なかなかいい感じだ。

 さてここからは推察である。たぶんこの「収縮感」と「膨張感」、これを発展させて行くと、天野先生の言うところの「圧縮」と「爆発」になるのではないだろうか。つまり「収縮」を意識的に行うことで「圧縮」となり、「膨張」を一瞬で行うことにより「爆発」となる。一筋の光明が――見えた!

忘年会組手

 あいにくの小雨のため、急遽場所が変更された。新宿にある島田先生の新しい道場だ。室内はおせじにも広いとはいえないが、雨に濡れることなはい。外はずいぶんと冷え込んでいたが、室内はゆるい暖房と拳士達の熱気で暑いほどであった。

 しばし各自、立禅や這いを行ってから、島田先生から数種類の練りのやり方の指導があった。どの練りも基本の動作に加えて、それを組手でどう使うかを具体的に説明していただいた。時間の都合上、それほど長時間ではなかったが、8種類ほどを教えていただいた。そしていよいよ組手の始まりだ。私は先輩のK崎さんと後輩のI野君と当たった。出来は、まあそこそこ。さすがに膨張と収縮などと考えてはいられなかったが、次に繋がる組手が出来たと思う。組手の後で、天野先生からアドバイスをいただいた。動きは結構良くなってきている。ただ、無理に行こうとしている。行けない時には無理に行かなくてもいい。行ける所を捜す、行ける所を作る工夫が必要だと。んー、なかなか難しい注文だ。

 場所を換えて忘年会が始まった。今年も青山にある島田先生のお店、青山一品の美味しい中華料理をいただきながらの酒宴である。いつもは、東京代々木、青山、横浜岸根公園、大船、川崎元住吉、横須賀等々に分かれての稽古なので、これだけのメンバーが一堂に会すのは珍しいことだ。みんな楽しそうに拳法談義に華を咲かせている。宴たけなわの午後8時、翌朝の早朝から出張に出かけなければならない私は、島田先生、天野先生に今年一年のお礼と年末のご挨拶をして、その宴をあとにした。

月曜の朝

 翌朝は、羽田発7:30amのフライトで山形庄内空港へと向かった。空港からはバスでT市へと向かう。仕事は12:30からなのでその前に昼食を摂るにしても、しばらくは時間がある。ホテルの公衆電話を使って、ノートパソコンに社用のメールを拾う。十数件のメールに目を通し、仕事は一旦切り上げた。

 ホテル近くの行きつけの児童公園に向かう。ここは広さもちょうど良く、樹木や芝生がきれいに生えている気持ちの良い公園だ。季節は冬、樹木の葉は枯れ落ち、風が冷たい。それでも空気が澄んでいて、快晴の空の青さが目に染みる。禅を組み、這いをする。しっかりと関節がはまっていて充実感がある。練りを少々。軽く探手をする。ふと時間が停まったような感覚に陥る。昨日の組手と飲み会が遠い昔のことのように思われる。再び立禅――。実に晴れ晴れとしたいい気分である。たいしたことをやった訳ではないけれど、何かを成し遂げたような満足感がある。至福感に満たされている。充実した一年だった。天野先生と仲間達に感謝――。

 さて、ラーメン喰って仕事に行くとするか!